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「木漏れ日」という言葉を持つ幸せ

茂った木の葉の間を
漏れてさす日の光

を意味する「木漏れ日」
という日本の言葉。

他の言葉では、ずばり一言で
翻訳するのが難しいようです。

そんな普遍的ではない言葉たち。
それゆえに味わい深い言葉たち。

そんな言葉を選んで、絵とともに
掲載してあるのが、こちらの本です。



例えば
フランス語には

枯れ葉のように
色が薄れてゆく

ということを一言で
表せる言葉があるそうです。

う~ん。
味わい深いね。

それでは、
ここで質問。

「生と死の自然のサイクルを受け入れ
不完全さの中にある美を見出すこと。」

という意味だとこの本で紹介されている
日本の言葉って何だと思いますか?

奥深い言葉だけに、しっくりと
腑に落ちるかどうかは微妙なところですが。

答えが知りたい方は、ネットで調べるか、
この本を読むか、私に聞いてくださいね。
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この世界の片隅に(3)

なぜ同じ映画を何回も観るのかな?
何回も観る価値あるのかな?

という自問自答を
している。

それはもうね、「深く理解したい」
という事に尽きるかな。

前提として「深く理解するに値する映画である」
ということが必要ですね。

この映画については、
その価値があると僕は感じた。

では次に、映画を深く理解して
それでどうなるの?という自問自答。

この映画の場合でいうと、もうね、
すずさんやその周り人たちの生き様を

心に焼き付けるということ。
僕の心の中に、すずさんたちの居場所を築くこと。

そういうことになるのかな。
そういうことになるでしょうね。

物語の力。
物語の力。

例えば、星の王子さまが心の中に
住んでいるのといないのとでは

生き方が決定的に変わってしまうでしょ?
特に長期的にみて。

つまり、何が大切なのか、という価値観が
決定的に変わるからなのですけども。

この世界の片隅にという映画を
観るのと観ないのとでは、

僕らのおばあさん、おじいさん世代の
人たちをどのように僕たちが見るのかという

その価値を決定的に変える可能性のある
すごい映画だと思うのですね。

僕たちは単独で存在するのではなく、
母、父。その母、父。その母、父。

と連綿と続いてきた営みの連なりの
その続きな訳ですから、

ルーツを知る。根を知る。というのが、
つまり孤独ではないこと、単独ではないこと。

自分は自分だけに閉じているのではなく、
過去から未来まで繋がっている中の存在ですからね。

うまく言えないけれど。
連続の中を生きていて孤独ではない。

だから、本当のところの、おばあさん、
おじいさんの事を知りたいのです。

この映画は、今までには無かったような形で
教えてくれる扉を開いてくれている映画だなと

そう思いますので、何度も観て
ちゃんと知りたいのです。



この世界の片隅に(2)

観たくて観たくて、がまんし切れずに
三度目を観た。

原作を読んだ後なので
より深く人間模様などを理解できた。

やっぱり後半はかなり深刻な
状況だなと改めて思った。

そりゃもう悲惨です。
こんなに悲惨だったかというぐらいだわ。

でもね、なんでだろう。
1回目観て、2回目観て、

でも悲惨さとかよりもね、
暖かさとか優しさとか和解とか。

助け合いとか、希望とか、
それでも行きて行くのじゃ、

という感じが、ぶれずに
描かれているから

そっちが深く印象に残るという
不思議な映画でございます。

流す涙は、つらい涙ではなく、
なんといえばよいのでしょうね。

しみじみと感じる涙であり、
深い共感から生まれる涙です。

これはすごいことですね。
こんな気持ちにさせられるだなんて。

あやや。
ごめんなさい。

ああ、本当に素晴らしいなぁ。
最初のエピソードの時に

空が広がるシーンと、流れる音楽が
本当に素晴らしいなぁ。

あやや。
また明日。

この世界の片隅に(1)

今この映画が好きで
はまっております。



素晴らしい映画だよ、
絶対に観た方が良いよ、

2016年の最高の映画だよ、
などと言われていたので

では!と観に行ったら、
本当に良い映画でした。

松江ではやっていないから
出雲まで観に行きましたよ。

濃密すぎて一度じゃとても全部理解できないから
すでに二回、観に行きましたよ。

原作の本も上、中、下、
全部買って読んだよ。二回読んだよ。

理解が深まってきたので、もう一度、
映画を観に行きたいなと思っています。

それぐらい、見る価値が
あると感じています。

戦時下の広島、呉のお話だけど、
反戦映画や説教映画ではないです。

もしそんなのだったら、
こんなに何回も観るわけないでしょ!

悲しいだけの話でもないでしょ。
むしろ楽しく明るいでしょ。

辛いだけの話でもないでしょ。
むしろ生きる力が湧いてくるでしょ。

歌がすてきでしょ。
コトリンゴさんの歌声すてきでしょ。

胸にしみる空のかがやき♪
今日も遠くながめ涙をながす♪

悲しくてやりきれない
という歌が主題歌です。

空のかがやきって、なんだろう?
ということに、今日気づいたよ。

時代背景に沿うように、
曲は悲しく切ないんだけども、

描かれている人々は、のどかに、
ほのぼのと、ユーモアあふれてるでしょ。

けっこう大変な事がね、日々、
次々と起きているんだけどもね。

みんなね、気遣い合いながら
穏やかそうに淡々と生活しているのです。

人ってすごいなぁと思うのです。
そして、そのけなげさに、僕は涙する。

あとね、ド、ド、ドリフの大爆笑♪の歌の
元となった歌も出てきて、へ~!と思ったよ。

話は変わるけど、今の時代、どうして
結婚しない人、結婚できない人が増えたのかな?

なんてことも考えさせられるんです。
僕なんかはね。この映画や原作を通じてね。

また話は変わるけど、
この映画を通じて、

この時代を生きていた普通の人たちに
会えたような気がしました。

こんな風に生きていたのですね。
こんな風に感じていたのですね。

-----

ありゃ、もうすぐで今日が
終わりそうなので中途半端ですが

終わりにします。おやすみなさい。
またあした。

絵本の回し読み

昨日、淀江のどんぐり館へ
彼岸花祭りで演奏に行きました。

空いた時間にアンデスメンバー三人で
喫茶店に入りました。

時間があった我々は、置いてある
雑誌や絵本を各々でパラパラと。

そのうちに「パプーリとフェデリコ」
という三部作の絵本を三人で回し読み。



三作目は嵐で倒れた木の話。
二人の拠り所となっていた木が倒れたけど

もう一度植え直し始めようってね。
二人で植え始める。

いつか大きく立派な森になっても
誰もなぜこんな素晴らしい森が

ここにあるのかは
わからないでしょう。

でも二人は二人のために木を植える。
みたいな話でした。ネタバレすみません。

彼岸花コンサートで演奏を
聴いていた時にふと思ったのは

いま僕たちのそばにある森や森的なものも
名も無い誰かのおかげでいまここにあるのね。

という
ことでした。

ただいま放送中のみんなのうたのHANAの映像がとても美しい

今朝ふとNHKのみんなのうたをみていたら
HANAという曲の映像がとても美しかったよ。



調べたところ、藤城清治さんという方の映像です。
影絵のような映像と自然描写がとてもきれいです。

みんなのうた HANA

2016年2月~3月の間の水曜日の朝に
観ることができると思います。

かなかなかな



みんなのうた。

二ヶ月毎に入れ替えがあるようで
6月になって新しくなった。

金曜日の朝の「かな かな かな」が
好きになりました。

由紀さおりさんの歌声
林静一さんの絵だそうです。

1978年に
放送されてたそうです。

きっぱりと 冬が来た

震え縮こまるような
寒い冬ですね。

動きも鈍り
活力も低下する季節ですが

今朝の「にほんごであそぼ」で
高村光太郎の詩が紹介されていて

この厳しい冬こそ、
さあ我のもとに来なさい!

そんな冬に立ち向かう姿勢を
感じまして、おおーっ!と思いました。

「冬が来た」「冬の詩」など、
冬の詩人と呼ばれているそうですね。

この冬は、高村光太郎の詩を通じて
違った味わいの冬にしたいな。と思いました。

まつえ市民大学美術コース

まつえ市民大学の美術コースに
お友達が参加していまして

毎回、様々な先生から
2時間程度の指導を受けながら

小作品を描いて行くもので、
毎回どんな絵が出来上がるか

ちょっとした楽しみ
なのであります。

野の草花を描くという会では
このようになりまして



墨絵を描く会では
このようになったそうです。



朝酌に飛来した
たんちょう鶴だそうです。

ご本人はブログやフェイスブックなど
なにもされていないそうでして

ここに上記の二作品を
掲載してみることになりました。

こんな絵が描けるようになるなら
来年は参加してみたいなぁと思いました。

仏教の本質 哲学者「中村元」

島根県松江市出身の
インド哲学者。中村元。

しばらく前、松江市八束町に記念館ができたので
その時から名前は存じ上げておりましたが

その思想や考えに触れたことはありませんでした。
が、たまたま Youtube の動画で下記の「仏教の本質」を見まして



非常に明快で本質的な事を語っておられるなぁと
とても感銘を受けました!

「相手に対する寛容の精神というものが大事です」
「人から人に伝えられる真(まこと)の法(のり)はいつまでも輝く」

「本当の自己というのはどういうものか」
「宇宙にあるいかなるものも孤立したものではないという思想」

「自己に頼れ、法(ダルマ)に頼れ」
これが釈尊の最後の教えでありました。

こういったことがわずか約9分の動画の中で
明快に語られておりまして

これは生きていく上での、本質的な
拠り所になるような思想だと感じます。
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